2005年11月26日

●音楽配信サービス

レコード店へ行き、EP盤やLP盤、もう少し前にはソノシートなんぞ買ってレコードプレイヤーで音楽を聞いていた時代からわずか30数年後、家にいながら音楽ストリーミングや世界のラジオが聞け、気に入った楽曲を購入できる仕組みになるとは思っていなかった。
しかし今やそれが現実になり、一曲150-200円くらいで楽曲がウエブから購入できるようになった。

なかでも、日本にはこの夏上陸したiチューンズ・ミュージックストア(ITMS)は音楽配信市場を形成させ、世界で80%のシェアになるほど急成長した。さらにiPodとの連携によってダウンロードした曲を、何十曲、何百曲とタバコより小さな機器に収め携行できるようになった。

今や音楽ばかりでなく映画も自宅でレンタル可能にもなっている。
既に日本でも会員制ストリーミングサービスも出現、来春には定額制ダウンロードサイトも準備されている。今やインターネットはメールや単なるウエブ機能にとどまらず、とんでもない機能を抱えるシステムとなってきている。

ずいぶん昔に、21世紀はSF映画で見る時代になるかもしれないと思ったことがあったが、本当にそんな時代に入ってきたようだ。□


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2005年11月25日

●三島由紀夫没後35年

三島由紀夫が亡くなってから今日で35年になる(生誕80年)。
多くの著作に触れていただけに、35年前の市ケ谷での出来事には驚いたものだった。
しかし事の次第が伝わるにつれ、彼の生きざますべてが市ケ谷に繋がっていくのが浮き彫りになり、妙に納得したものだ。

当時から「右翼の代表・三島由紀夫」という扱いが進歩的文化人によって形づくられてきたが、本質は愛国者であり日本が日本であって欲しいと、強く願っていたひとりだった。

彼は当時の様々な動きが、日本の「プライド」さえも失わせることに繋がると思っていたのではないか。そして、その憂いを市ケ谷での主張によって果たそうとしたが、期待していた日本人としてのプライドが半ば失われていると判断した結果、割腹を選択したのではないか。勝手な想像だがそんなふうに思えてならない。

没後35年の今年はドキュメンタリー映画「みやび 三島由紀夫」が完成、また三島文学「春の雪」が映画化された。前者は作品を通して現代の芸術家らが語る三島論を映像化したもの。「春の雪」は三島の考える「美」を忠実に表現した作品として評価されている。久しぶりに観た古くからの日本映画らしい作品だ。
この時期いろいろな場で三島由紀夫が注目されてきていることは、素晴らしいことだし日本の誇りでもある。来春には自らが演じた「憂国」が、久しぶりにDVDとして日の目をみる予定だ。ぜひ今の若者には三島文学にふれてほしいものだ。□

             

2005年11月23日

●BLOGのデザイン

ここのブログスペースは、ホリエモンさんのlivedoorから提供していただいている。自分のサーバではMTを使って二つのブログをおいてあるし自分なりのデザインにしてある。
livedoorで使っているブログはテンプレートから選んで使っているが、同じデザインの方とすれ違うと、なんとなくいやな感じがするだろうと想像していた。そんなとき、やっぱり同じデザインの方と鉢合わせとなった。早速ヘッドの画像を取替え、中味の色合いも変更してみた。
いわゆる自分だけのデザインなのだ。しかし飽きっぽいのでまたそのうち変えていくことになるだろう。

いつも寄っていただく方には迷惑かもしれないが・・・・。□


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2005年11月21日

●カッパの飼い方

静かなブームとしていま、「カッパの飼い方」が人気だ。

『時は昭和40年代。養殖技術の進歩により養殖カッパがペットショップ等で簡単に手に入るようになり、ちょっとしたカッパブームが起こっていた。
都会で一人暮らしをする主人公の「私」も、ペットショップで仔河童の「かぁたん」を買い、一緒に暮らすことになった…。』

ペットショップで78,000円で買った河童「かぁたん」を中心に、河童の飼い方と河童の知られざる生態を描いているほのぼのとした作品だ。

アニメ放映、河童グッズ、ゲームソフト等々、関連のものが次から次に出てきている。今なぜ河童のだろうか・・・・。おもしろいのは、この漫画をプレゼントに贈る若者が多いという。
河童、カッパ、ううむ、わからない・・・・。

             

2005年11月15日

●紀宮清子さまご結婚

天皇家の長女、紀宮清子(さやこ)さま(36)と、東京都職員の黒田慶樹(よしき)さん(40)の結婚式が15日午前11時過ぎから帝国ホテルで神式で行われた。
式は新郎新婦の意向で媒酌人は置かず、新婦側は両陛下や皇太子ご夫妻を始め皇族方や元皇族ら計23人、新郎側は母の寿美子さん(70)ら親族8人が参列したそうだ。正午前には婚姻届が提出され、紀宮さまは皇族の身分を離れて民間人の「黒田清子さん」となった。
また披露宴は午後4時から、両陛下、皇族方、石原慎太郎東京都知事ら約120人が出席。石原知事の音頭で乾杯が行われた。
つつましく行われたという印象であった。お二人の幸せをお祈り申上げる。

つい先日だったが、皇位継承権を決めるための有識者会議は、女系・女帝継承容認で一致したようだ。これは長い間、万世一系(男系)で続いてきた皇室がついに断絶をむかえることを意味する。個人的には断固反対だ。別の機会にエントリーをするつもりだ。
紀宮さまの皇族離脱を契機に論議が再開されることを期待したい。□

             

2005年11月13日

●李登輝閣下が来日表明

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

李登輝前総統が11月3日、来年4月の桜の時期に合わせご家族とともに念願の「奥の細道」散策の希望を表明された。
行程は決まってはいないが、李登輝前総統のご希望は芭蕉が出立した江東区の芭蕉記念館、日光、平泉、山形というようなコースである。

李登輝前総統は大正12年(1923年)1月15日生まれだから、来年は満83歳。ぜひお元気なうちに念願の奥の細道散策を実現させたいと思う。また、可能であれば、例大祭の時期に来ていただき、靖国のご兄弟を詣でて頂くことができれば素晴しい事だ。

正式には年末までに日本政府に伝えるそうだ。

李登輝閣下は昨年暮れに訪日、名古屋、金沢、京都を訪問したが、その際日本政府は三つの条件下で入国を認めた経緯がある。
「記者会見しない、講演しない、政治家と会わない」というものだ。民間人となっている李登輝閣下に対して極めて不当な条件を日本は提示したのだった。

今度は、独立主権国家「日本国」としての適切・妥当な判断を期待したい。□

             

2005年11月08日

●本田美奈子.さん死去(2)

本田美奈子.さん逝去のエントリーに対し、40を超える非常にたくさんのトラックバックをいただいた。
これほど多くのトラックバックは初めてのこと。それほど注目された出来事であり、残念にも悲しくも思ったことだった。

思えば92年のミス・サイゴンで初めて彼女のすばらしい歌声に触れ、感動したのは昨日のことのようだ。再演の決定が報道されたとき、再び彼女のキム役を観ることができると勝手に思ったものだった。

だが、キム役は本田美奈子.ではなく、知念里奈、松たか子ら何人かのキャストで演じられることになった。結局、誰も本田美奈子.を超えることはできなかった。


そして2005年晩秋、日本は、すばらしいミュージカルスターを失った。□

             

2005年11月06日

●本田美奈子.さん死去

【画像】今年1月に急性骨髄性白血病が判明して緊急入院、闘病生活を続けていた本田美奈子.さんが今朝4時38分に亡くなった。38歳の若さだった。

1992年の帝劇ミュージカル「ミス・サイゴン」の主役以来、気になる歌手として注目していた。以後、数々のミュージカルに出演し高い評価を得ていた。いつも小さな体で素晴らしい歌声を聞かせてくれた。>昨年の再演時には出演はなかったが、本田美奈子.さんを思い出しながら観に行ったものだった。

度重なる抗ガン剤の使用、全身の血液の入れ替えなど、夏には一時退院となったが苦しい闘いは10ヵ月に及び、最後の望みの臍帯血移植手術を受けたものの回復するることはなかった。

すばらしい歌声で「アベマリア」を歌い、アルバム「アメイジング・グレイス」は遺作となった。最後の録音曲は「アメイジング・グレイス」。2004年10月14日の六本木スイートベイジルだった。CD&DVDが先月発売になったばかりだった。

謹んでご冥福をお祈りします。

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