●戦後60年の夏
何を憎むかによってスタンスがまったく違ってくる。スタンスが違えば価値観も異なり決して一致することなどない。
靖国問題についての支那や韓国のスタンスぱ犯罪者はいつまでも犯罪者であり刑期を終えても墓石の下に入っても犯罪者のままだ。一方、日本は罪を憎んで人は憎まずのスタンスだ。まして刑の執行が終われば善人、悪人の区別はなくなる。
このように価値観が根本的に異なるため、歴史観も含め見解が一致することなどあり得ない。靖国問題もこの価値観の違いからくる軋轢だが、日本はこれまでの価値観を主張していけばいい。
今年も昨日広島原爆記念日がやってきた。日本や日本人は原爆や戦争は憎むがアメリカは憎まない。だから原爆については次第に忘れ去られていくようだ。広島の住民でさえ記念日がいつなのか、何時の出来事だったのか、何人の犠牲者が出たのかを知らない人が25-50%という状況だ。
国家ごと憎み続ければ原爆は風化しないだろう。しかし、それがいいとは思わない。別の方法で原爆を忘れず平和を願う方法はいくらでもある。ただし、愛国のもとでしか成り立たないだろう。
戦後60年、相変わらず自虐番組が横行している以上まだまだ戦後は終っていない。□
コメント
ご指摘の通り他国だったら、「反米糾弾集会」で国旗が至る所で燃えていそうだなぁとも思いました。そこのところの日本人の美学は大したものだと思います。それがグローバルスタンダードかどうかは?ですが。(汗)
何か反戦・反核の連中も日本人にぎゃんぎゃん言うのではなく、何で中国とか北朝鮮を問題にしないのか、余計不思議でたまりませんでした。
Posted by: tsubamerailstar | 2005年08月07日 18:36
tsubamerailstar さん、そうなんです。反戦・反核の連中は決して他国を非難しないですね。人がさらわれても、ミサイルを飛ばしても、台湾にミサイルを向けても・・・・こんな連中を支援しようという気にはならないです。
Posted by: ethnic | 2005年08月07日 18:53