2005年07月30日

●新しい歴史教科書

新しい歴史教科書をつくる会」編纂の教科書(扶桑社)を採択する自治体が増えてきている。
28日には東京都教育委員会が採択を決定した。一方、相変わらず日教組や共産党周辺団体の圧力と妨害は強い。昨日29日には岡山県総社市教育委員会の決定が妨害によって覆させられた。
しかし、新しい歴史教科書採択はこれまでの偏った歴史教育からの転換を図ることを意味し、非常に意義あることだ。

日本がこれまでどういう歴史を歩み、世界のなかでいかなる貢献をしてきたのか、悲しい歴史をふまえてどのような道を歩み、また歩もうとしているのか、歴史からの教訓はどういうものなのか、等々。歴史教科書で次代を担う人たちに伝えることはいっぱいある。

弥生時代も大事だが明治維新以降の近代史はそれ以上に重要だ。しかし、実際の授業は時間切れを理由に端折るのが実態のようだ。その結果、キーワードだけ教えられ、アジアの悪として自虐史観に染まった日本人が作られるようになったのだ。

今後は新しい歴史教科書が担う役割と国益をも配慮した正しい歴史認識を持てる人たちが増えていくことを大いに期待したい。□

             

2005年07月24日

●震度5強

23日午後4時35分、関東地方で強い地震があり、東京都足立区で震度5強を記録した。島しょ部を除く東京都で震度5以上を観測したのは、1992年2月以来13年ぶりのようだ。
ちょうど東京駅八重洲中央口付近にいたが、ガタガタという音と共に広い空間にも関わらず揺れを見ることができたくらいだ。
駅にいたこともあり直後の鉄道関係の状況を把握することができた。直ちに各線はストップ、長時間の運転停止となり、都内のJR在来線は発生から約7時間後、東京メトロは約4時間後に全線での運転再開となった。
携帯電話は回線数を絞っていたこともありつながりにくくなっていた。しかし公衆電話がドンドンなくなりつつある昨今だ、案の定数少ない公衆電話の前には列ができていた。
幸いライフラインで大きな被害はなかったようだが、今後の余震発生に留意しておくべきだろう。□

             

2005年07月21日

●六ヶ国協議

来週26日から北朝鮮の核問題をめぐる六ヶ国協議が再開される。会議前から北による事前発言が活発化している。内容はいずれも「協議の行方はアメリカ、日本の態度次第。それによって不幸な結果をもたらすことも・・・」という恫喝の類のものだ。常に相手側に全ての責任を押しつけるといういつものやり方だ。街中を闊歩しているチンピラと同じだ。
さて、日本は六ヶ国協議のなかで拉致問題について言及する予定だが、北は解決済みを繰り返すかだんまりを決め無視するだろう。
拉致問題について日本はこれまで「話し合い」の実現に努力してきたが、もう今回の協議でケジメをつけるべきだ。
具体的には六ヶ国協議の枠から完全に切り離してケジメをつけたらいい。なぜなら他国にとって、拉致問題の追求は有利なカードとはならないし国益には無関係だ。内心は「この場に持ち込んで欲しくない」というところだろう。
したがって日本単独で期間中の個別協議を強く求めるべきだ。おそらく応じることはないだろう。そうなったら、もうウダウダ理屈は不要。即、経済制裁を発動することだ。今や北が話し合いで解決できる相手ではないことを世界に知らしめ、日本政府の決断を内外にきっちりと示す段階に入ったと言っていい。また、それが日本を支持する国家を多くつくる唯一の方法でもある。□

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2005年07月13日

●アロヨ退陣?

フィリピンのアロヨ大統領が退陣を迫られている。アキノ元大統領を含め何人かの閣僚が辞任要求をしたようだ。大統領選挙疑惑から始まった灰色の雲は、夫と息子の賭博胴元からの蓄財が明るみになり信頼失墜につながった。
フィリピンは国民を中東やアジア各地に労働力として派遣して外貨を得る手法をとってからもう長い。日本でも水商売で働くフィリピン人は今だに多い。まさに人は貧しいなかで経済活動の柱となっている。
貧しい国ほど少しでも豊かにしていく努力が政治家には必要なのだが、結局どこの国も政治家の立場を利用して個人の利得にはしるのが常だ。
アロヨも同類だろう。彼女は、軍によるクーデターを抑える約束をラモス国防相に取り付け、延命を図ろうとしている。何らかの利権がラモスに渡ったことだろう。こうした繰り返しによって腐敗政治が継続される。このような指導者の下に生きていく国民はたまったものではない。腐れきった指導層が浄化されるのはいつのことだろう。□

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2005年07月10日

●食文化

食文化といえば、食にまつわる文化を総称する概念である。そこには食材、調理法、食器から外食産業などに至るまで多くの物事のあり方が含まれる。
食べ方についても箸中心からスプーンやフォーク、ナイフと組み合わせはいろいろだ。また素材や調理方法も地域によって様々だ。
食べるときの動作や環境作りにもいろいろある。家長を中心に食卓を囲むこともあれば女・子供は台所で食べていた時代もあった。また黙々と静かにいただくこともあれば、とにかく賑やかさを大事にする食べ方もある。

アジア各地の食べ方は総じて「賑やかに」だ。タップリ時間をかけて楽しむし、とにかくワーワー話をしながら、飲んで食べる。そこには同じ釜の飯という共同体の意識すら生まれる。同じテーブルだけに留まらず隣のテーブルの人たちとも乾杯をしあうのも食文化の一形態だ。日本人にはなかなか真似ができない。地域や民族ごとに長年かかって培われた食文化は実におもしろい。□

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2005年07月03日

●珈琲時光

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督、主演の一青窈、浅野忠信による映画「珈琲時光」は、2004年9月に公開され数々の受賞映画となった作品だ。

この映画で主人公が追い求める江文也は、李登輝前総統と同じ台湾・三芝が生んだ音楽家。
李登輝氏が生まれた「興源居」の近くに建った「三芝有名人館」には、彼の業績を称えた史料が展示・解説されている。

1945年の日本敗戦のとき、江は、東京の家に信州人の妻と娘たちを残したまま、北京に居た。彼はそれきり生涯、日本にも台湾にも戻れなくなり、コー・ブンヤの名を捨て、大陸で中国人、ジャン・ウェンイエとして生きることになった。

日本は、かつての中国や台湾との複雑な関係を刻印されたこの面倒な作曲家の記憶をほとんど消し去った。日本の近代音楽史は江をあくまで中国の作曲家として彼が日本に居なかったかのように扱うのを常とした。彼は失意のうちに1983年、北京で逝った。

台湾-日本-支那が生み出した悲劇の歴史である。

             

2005年07月01日

●源興居

台湾民主化の父とされる李登輝前総統の生家「源興居」が、台北から北へバスで一時間ほどのところ「三芝」にある。先日行ってきたが、周囲は豊かな緑に囲まれているのんびりしたところだ。 (詳細はI Love ASIA参照

日本にはいないが、「民主之父」という形容がつけられている。民主主義を勝ち取ることが如何に難しいかをこの言葉が示しているが、多くの日本人は気づかない・・・・。
直筆の「真實自然」がまぶしく感じる。