●李閣下帰国
李登輝閣下とご家族は、2日午前に西本願寺大谷本廟にある故司馬遼太郎氏の墓前を訪れた後、午後4時関西空港駅に到着。
全国から集まった在日台湾同郷会、日本李登輝友の会、台湾研究フォーラムの会メンバー等約600名の見送りを受け、車で空港へ向かわれた。車が出ると何と「蛍の光」の大合唱となった。
集まった人の過半数以上は日本人。駅前には、「李登輝先生、歓迎[イ尓/心]再来(またおこしください)」(南大阪日台交流協会)、「歓送李登輝先生」(大阪台湾同郷会)、「台湾国がんばれ」(日本国李登輝友の会南大阪支部)、という横断幕が掲げられた。
31日の京都大学の理不尽な対応が日本の恥となったが、思い出の地をお訪ねになられ、恩師である柏祐賢氏(98歳)と60年ぶりの再会、友人との再会を果されいい旅だったと思われる。各会とも宴でのおもてなしを考えていたが、まずは李閣下のことを優先させ各地での奉迎にとどめた対応はすばらしいことだ。
今度はぜひ念願の奥の細道を散策され、岩手県水沢市の後藤新平記念館や青森県十和田市にある新渡戸稲造記念館をお訪ねいただきたいものだ。そのときは今回日本政府が出した来日の条件(1)記者会見しない(2)講演しない(3)政治家と会わない-の「3つのノー」を再度提示するようなみっともないことはぜひとも止めて欲しいものだ。
李登輝閣下とご家族は、関西空港からの日本アジア航空定期便で台北に戻られたが、機中で日本人記者団と懇談し「いつになるかまだ言えないが、元気であれば『奥の細道』を全部歩こうと思っている」と話されたそうだ。
また、日本政府が出した入国条件や京都大学の暴挙については触れず、ただ「日本政府の思いやりのある考え方には、非常に感謝に堪えない。また日本国の進歩のなかでも伝統が失われていないことは素晴らしい。」と謝意を示した。一昨年の晩餐会でご一緒したときの同席者に対するすばらしい配慮と全く同じだ。
日台関係については「(1972年の断交後)一番よい状態」とした上で「静かな、それでいて非常に強いきずなをつくっていく。日台は安全の上でもかなり大切」と述べ、安全保障面での協力関係強化が必要との認識を示されたが、全く異論はない。台湾海峡の安全保障を台湾とともに歩調を合わせていかないととんでもないことになる。このことを日本政府はきちんと認識すべきだ。
故司馬遼太郎氏の墓前を一緒に訪れた曾文恵夫人は、みどり夫人に「彼岸にて やさしきまはこでいまもなほ 台湾国の 平和目(見)守らる」と綴った色紙を記者に託して離日された。
今年もぜひおこし下さい。□
コメント
ethnicさん。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
すばらしい記事を書いていただき有難うございます。
私も関空のお見送りに参加してきました。少なくとも名古屋空港の人手は軽く超えていたと思いますね。
本当にすごい熱気で、島根から来られた車椅子のご老人に、子連れのご夫婦に二十歳ぐらいの茶髪のカップルまで老若男女が集いました。台湾どころか海外に一度も行ったことがないのに李登輝先生の大ファンのおばちゃんが、李先生に手渡すお土産を持参していたのにも驚きました(←実は知人の奥様)。
それにしてもです。
今回の日本政府の対応で褒められるのは、ビザ発給の一点だけでしょう。国内での李登輝先生へのあの対応は何なのか!
「京大事件」だけではありません。前回、治療目的で来られた時には実現した花束贈呈のセレモニーさえ、今回の関空ではできませんでした。警備上の理由ということですが、前回と全く同じプレゼンター(とある市会議員の御令嬢)をたてて、花束を用意しているのに全く接触できないという理不尽さ!警備が理由なのではなく、ある筋からの抗議(恫喝)が怖くて歓迎ムードを見せたくないのだろうと考えざるを得ません。市会議員の先生と花束を持った御令嬢が笑顔で「お見送りできただけで嬉しかったです。」とコメントして頂いた事が唯一の救いです。
いろいろ書きたい事言いたい事はありますが、取り敢えずはご報告まで。
感動と興奮と怒りに縁どられた2005年の開幕です!
Posted by: simmny | 2005年01月03日 10:18
幸田さん、TBありがとうございました。simmny さん、奉迎お疲れ様でした。年末から年始にかけそれぞれの方がこだわりを持って見つめた一週間。いろいろな経験や新しい認識を抱いたりできたような気がします。関西に行かれることと東京に行かれることの重みは違うかもしれませんが今年はぜひ東京に来られ、靖国神社にご兄弟をお訪ねいただき、奥の細道をゆっくり歩いて欲しいですね。
Posted by: ethnic | 2005年01月03日 21:35