●No.803 ごぜ芸能まつり

沼津市戸田(へだ)観光協会主催による「ごぜ芸能まつり」が、5月24日(土)に静岡県沼津市戸田で開かれた。
ごぜを手厚く葬った先祖の心を頭彰し、その素晴らしい精神文化を広めることを目的に実施されたもの。
ごぜ唄は萱森直子さんのお弟子さんで、4月の出湯温泉でのコンサートでも活躍した九州在住の北村紋子さん。
門付け唄である「瞽女松坂」、祭文松坂から「巡礼おつる」、ちょっと楽しい「鴨緑江節」(もちづくし)が披露された。
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沼津市戸田(へだ)観光協会主催による「ごぜ芸能まつり」が、5月24日(土)に静岡県沼津市戸田で開かれた。
ごぜを手厚く葬った先祖の心を頭彰し、その素晴らしい精神文化を広めることを目的に実施されたもの。
ごぜ唄は萱森直子さんのお弟子さんで、4月の出湯温泉でのコンサートでも活躍した九州在住の北村紋子さん。
門付け唄である「瞽女松坂」、祭文松坂から「巡礼おつる」、ちょっと楽しい「鴨緑江節」(もちづくし)が披露された。
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ゼリーは、果汁、ゼラチン、砂糖の組み合わせで作るシンプルな生菓子、古くはローマ時代にその原型が生まれたそうだ。
固める、半固形、包む、埋めるというのがゼリーまわり物質のキーワードだ。
したがって成型もしやすく、いろいろな形のものが作られている。
写真のように作られているとなかなか食べにくいものだ。
しばし飾りとして楽しませてもらい、やっと胃袋へ・・・・。見ている方が楽しいお菓子だ。

毎年5月8日の台湾では二つの慰霊祭が行われる。
ひとつは台湾南部の烏山頭水庫(ダム)で行われる八田興一技師慰霊祭。
金沢市出身の八田興一技師は東京大学卒業後に台湾に渡り、干魃(かんばつ)に悩まされていた嘉南平原の潅漑(かんがい)を決意。
1920年から10年をかけて烏山頭ダムを完成させ、不毛の大地を台湾最大の穀倉地帯に変えた。
この功績が台湾で尊敬を集め、命日の5月8日には毎年、地元の人々による慰霊祭が行われている。
今年も日本から多くの方の参加のもと行われたが、次期台湾総統の馬英九氏の参列で話題になっている。
もうひとつはテレサテン慰霊祭。日本からも多くのファンが駆けつける。
1995年5月8日、タイ・チェンマイのメイピンホテルで気管支喘息による発作のため死亡、遺体は例外的に火葬されず埋葬された。
墓地には常時彼女の歌が流れ台湾歌姫にふさわしい慰霊祭が毎年行われる。
5月8日は日本と深い関係の日だ。

生きたドジョウを酒に入れてすぐ蓋をする。最初は大変に暴れるが、やがておとなしくなったところで小さな薄い鉄鍋に並べる。甘辛い割下を注ぎ、炭火で煮込む。ネギを大量に乗せ、山椒や七味唐辛子をかけて食べる。
なんとも粋な料理が創業1801年、浅草の「駒形どぜう」だ。
当主“越後屋助七”初代が「どじょう」という四文字は縁起が悪いということで、「どぜう」と表記することになったそうだ。
いただいたのは、雷門定食(お通し、どぜうなべ、柳川、蒲焼一串、茶碗蒸し、お新香、お茶漬け) 。
どじょうの臭みもなく、京都伏見のお酒「振袖」となんともいえないハーモニーで美味しくいただけた。

かっぽれといえば昭和30,40年代活躍した四代目櫻川びん助師匠を思い出す。
寄席演芸の演目として、また座敷芸にもとりいれられ日本伝統芸として不動の地位を得た。
友人がかっぽれの名取になり、その踊りが披露された。
伝承に努める梅后流「江戸芸かっぽれ」。
いでたちは、浴衣に角帯、たすきに手ぬぐい、すててこに白足袋。
伝承されるべき伝統芸のひとつだ。

東京都中央区日本橋蛎殻町にある水天宮は、福岡県・久留米市にある久留米水天宮の分社だ。
日本最古の歴史書『古事記』の冒頭に出てくる「天御中主神」が祀られている。
安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集める。
妊婦や子供を授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが、安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで人並みが途絶えることがない。
特に戌の日には、大変な賑わいだそうだ。
ここで次々に祈願にこられるお腹の大きくなった方々を見ていると、何となくいい気分になるものだ。