●No.620 雨

雨は欝陶しいものだ。
しかし固定的に思ってばかりいては、いつまでも打開できない。
そんな時に、雨の写真を撮ろうと思うと気分が変えられる。雨をどういう角度から捉えたらいいのか、あれこれ考えながら歩くと雨も楽しくなるものだ。
もうすぐ梅雨。どれだけできるかわからないが、今年のこの時季は雨をテーマに、いろいろな視点から表現してみたい。

雨は欝陶しいものだ。
しかし固定的に思ってばかりいては、いつまでも打開できない。
そんな時に、雨の写真を撮ろうと思うと気分が変えられる。雨をどういう角度から捉えたらいいのか、あれこれ考えながら歩くと雨も楽しくなるものだ。
もうすぐ梅雨。どれだけできるかわからないが、今年のこの時季は雨をテーマに、いろいろな視点から表現してみたい。

新宿・花園神社といえば唐十郎率いる「状況劇場」の拠点だ。唐の前妻は女優の李麗仙、息子は俳優の大鶴義丹だ。80年代後期には「劇団唐組」と改名している。
花園神社の境内に紅テントを張り、前衛的な芝居をやりだしたのはいつごろからだったろうか。演劇実験室・天井桟敷を結成した今は亡き寺山修司が活躍していた時とほぼ同時期だったと記憶しているので、もう40年くらい前になるかもしれない。初演は「腰巻お仙」だったかもしれない。
当時は進歩的文化人と言われていたサヨク組だったので芝居は見たことがない。
久しぶりに花園神社に入ったが、ちょうど公演が終わり地方巡業のためにテントを撤去し始めたところだった。赤テントの脇には劇団関係者が寝泊りしている。撤去作業現場に置かれた「唐組」と書かれた小道具入れが歴史を感じさせ印象的だった。
最近は小劇場の芝居が気に入っている。今週末はブローダーハウスで息抜きの予定だ。

「フィトンチッド」、森林の香りだ。
なかなか自然と触れる機会が少なくなった日々だが、久しぶりの好天なので、近くの寺家ふるさと村を散歩してきた。いわゆる森林浴を楽しんだ。
「フィトンチッド」は、自律神経の安定に効果的と言われ、肝機能を改善したり快適な睡眠をもたらすことも知られている不思議な働きを持っている。
たまには、ストレスをやわらげて、身も心もリフレッシュさせる森林浴の爽快感を味わうのもいいものだ。
ウエブを眺めていたら森林浴の森100選というデータもあった。寺家ふるさと村は入っていなかったが、都市周辺の比較的アクセスのいい身近な森林が選ばれているので、都会でストレスの溜まった企業戦士の方は楽しんでみたらいいだろう。

2005年1月17日、郷里の老人ホームで84歳でなくなったヨコハマメリー。彼女は1996年11月、突然横浜から姿を消した。
歌舞伎役者のように顔を真っ白に塗り、貴婦人のような白いドレスで戦後35年間伊勢佐木町の街角に立ち続けた娼婦メリー。
時には皇后陛下、時にはキンキラさんと呼ばれ、自らを西岡雪子とも名乗ったことがあるハマのメリー。
1996年以来彼女を、関わった人たちの証言を交え探し続けたドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」が封切りになり好評を博している。メガホンを取ったのは1975年生まれの中村高寛氏。プロデユーサーも若手ドキュメンタリーの新鋭片岡希さん。またメリーさんの写真を撮り続けた森日出夫氏の写真も多用され彩を加えている。
晩年のメリーさんを支援してきたシャンソン歌手の永登元次郎さん を中心に据え、20人がメリーさんとの思い出を語る。元次郎さんはこのとき既に前立腺がんから骨転移になり放射線治療を続けていた。
そしてラストシーンは、メリーさんの岡山の実家近くの老人ホームで元次郎さんとメリーさんが再会する。
ホームの舞台で元次郎さんの歌を目を細めながら、時にうなずきながら聞き入る素顔のメリーさん。余計な言葉もカットもないまま、最後までハマのメリーのまま映画はエンディングとなる。
商業主義に走ったくだらない映画が多い中、悲しくも、心地良い映画だった。
サウンドトラックの「伊勢佐木町ブルース」(歌:渚ようこ)のジャジーな編曲がなかなか素敵だ。
五大路子はヨコハマメリーをモデルにしたひとり芝居「横浜ローザ」を1995年から演じ続けている。今年は11年目、8月に赤レンガ倉庫で公演予定だ。
永登元次郎さんは映画が完成して一年後の2004年3月12日8時50分に亡くなった。
その前年の春に元次郎さんが残したBBSの書き込みが残っていた・・・・・・
時折強い雨が降るなか、代々木公園で開かれたタイフェスティバル2006に行ってきた。
昨年のタイフェス初日は晴れ、二日目は一時雷雨にみまわれたりしたが概ね天候には恵まれ、タイのビールを美味しく飲めた。
しかし今日はビールを飲みたくもならない寒い日になり、来場者も少なめだ。
関東に住むタイ人は年一回のこのイベントをとても楽しみにしているらしい。それだけに、早く天気が回復し明日は楽しめるといいのだが。
野外ステージでのタイから来たミュージシャンのライブも見ず、揚げたてのトーマンブラーを楽しみ、来ていたアジア仲間のerawan氏に挨拶をし、早々に引き上げた。

サーファーが元気に楽しんでいる茅ケ崎の海岸を散歩してきた。
波乗りを知ったのは、アメリカンポップスの「サーフィンUSA」がヒットした時だった。曲名にピッタリのビーチボーイズというグループが歌い大ヒットさせた。
海で楽しむ彼らを見てると数々のビーチサウンドが思い出される。
やっぱりアイ高野の言葉通りだ。