●No.581-2 2・28事件

(台湾台北市・2・28紀念館には2・28事件虐殺犠牲者の写真が壁面に掲示されている)
228事件は、日本が降伏、台湾が光復して一年4ヶ月後の1947年2月28日に起った事件だ。今年は事件から59年目にあたる。
密輸タバコ売りの取り締りに端を発したいざこざが台湾全土に波及した事件で、日頃の国民党政権(外省人)に対する台湾人(内省人)の不満が爆発、官庁や警察の襲撃につながった。
しかし、その後の国民党政権による虐殺と粛正は徹底し、1ヶ月余りの間に殺害された台湾人は約2万8000人、その後逮捕されて刑に処せられた人数は膨大な数となった。
台湾南部・台東市沖合いにある「緑島」は監獄島として、この事件がきっかけで拘束された政治犯を収容する場として近年まで使われた。
元総統の陳水扁氏も緑島で服役生活をおくっていた経歴を持っている。
日本統治下の「法治国家」から国民党の横暴ぶりによって「無法地帯」になった中での台湾人の自然発生的な暴動と、それに対する国民党政権の虐殺と粛正の事件を「2・28事件」という。
かっての台北新公園には2・28記念碑も建てられ、名称も2・28公園と改められた。
記念館では、当時拘束されたり服役したいたお年寄りの方々が、ボランティアで来館する観光客へ事件について説明されている。
台湾へ行かれたら、ぜひ訪れることをお奨めする(月曜日は休館)。台湾の近代史を知ることが出来る場所だ。
(南部屏東縣には阮朝日氏の私設「阮朝日二二八紀念館 」がある)
また最近、「事件の最大の責任者は蒋介石」と結論付けた研究書が台湾で出版された。
総統府国史館(国史研究所)の張炎憲館長が中心になってまとめ、国民党政権下でタブーとされた「蒋介石責任論」が民主進歩党(民進党)政権下で初めて認定されたもの。
張館長らが3年前に研究に着手。事件当時、南京にいた国民党政府の蒋介石主席について
(1)電報などで台湾の情勢を掌握
(2)武力弾圧のため軍を大陸から派遣
(3)弾圧を指揮した陳儀・台湾省行政長官を事件後、浙江省主席に昇進させた
などの根拠を挙げ「最大の責任者」と結論付けた。
参考サイト:二二八事件紀念基金會
台湾全土にある二二八紀念碑をみることができる。
歴史の扱いは、国によって、あるいは政権によって異なるのが常だ。しかし、支那や朝鮮半島のように自国や政権維持のために都合よく拡大解釈したり捏造するのは最悪だ。
横浜中華街に「ブタまん」屋があった。


台湾先住民出身の「高砂義勇兵」の戦没者を祭る慰霊碑“撤去”の危機、そして日本からの寄付による移転、落成記念式典が2006/2/8に行われたことは、ASIAブログに