●No.528 日本酒

夏が終わり秋、それも今頃になると日本酒が美味しくなる。
酒に強い訳ではないが、屋台でおでんをつまみながら燗酒を飲んだ学生時代の体験を妙にひきずっているのかもしれない。ただ確実に屋台は激減した。代わって台頭したのがお洒落なお酒だ。
漆喰の桶みたいな容器にクラッシュアイスをタツプリ入れ、ガラスのお銚子に吟醸酒、脇には紅葉が飾られている。これで中身がどんな銘柄でも安いはずがない。
でもやっぱり屋台の酒が一番だ。来月からは熱燗の時季だ。□

夏が終わり秋、それも今頃になると日本酒が美味しくなる。
酒に強い訳ではないが、屋台でおでんをつまみながら燗酒を飲んだ学生時代の体験を妙にひきずっているのかもしれない。ただ確実に屋台は激減した。代わって台頭したのがお洒落なお酒だ。
漆喰の桶みたいな容器にクラッシュアイスをタツプリ入れ、ガラスのお銚子に吟醸酒、脇には紅葉が飾られている。これで中身がどんな銘柄でも安いはずがない。
でもやっぱり屋台の酒が一番だ。来月からは熱燗の時季だ。□

日本人は農耕民族てしてのブライドが失せてしまったようだ。お百姓さんが丹精込めて作ったものを夜陰に乗じて盗む輩が多い。
昔はガキが自分や仲間が食べる分としてとってくる程度だった。それも民家の軒先から柿やイチジク、畑からはせいぜい西瓜だった。売却を目的に作物を農家から盗むことなどなかった。米や野菜、果物を作ってくれるお百姓さんへの感謝の念が強かったのだろう。
情けない日本人が増えてしまったものだ。
しかしイチジクやザクロが実っているところが少なくなったものだ。
久しぶりにザクロを食したが懐かしい味だった。□

花のマクロ写真を撮るときにいつも迷うことがある。
それはフォーカスをどこに当てるかである。花びら全体をくまなく表現するならマクロから外れるので問題ない。
しかしマクロを使う以上ターゲットを絞らざるを得ない。絞ったことで何かを主張することになるが、そこがマクロの難しさなのかもしれない。
つい安易にオシベ、メシベでごまかそうとしてしまう。ガクは?茎は?花びらは?、それらの組み合わせもある。
マクロ写真も面白いが結構難しいものだ。□

昇仙峡・弥三郎岳からみる冨士は見事だ。裾野を含めた全体は見られないが、存在感は十分ある雄姿だ。
冨士を見たいと思えばすぐに行かれるところに住んでいればいいが、地方ではなかなかそうはいかない。そこでつけられた「故郷の富士」 は全国各地にたくさんある。
蝦夷富士、利尻富士、津軽富士、常陸富士、那須富士、榛名富士、八丈富士、信濃富士、越後富士、加賀富士、越前富士、飛騨富士、伊賀富士、伊豆富士、三河冨士、有馬富士、出雲富士、讃岐富士、伊予富士、筑紫富士、豊後富士、塩屋冨士、 ・・・・・・・・・・・・・・
やっぱり冨士は日本の象徴だ。
昇仙峡は、秩父山系の主峰、金峰山(標高2595m)を源とする荒川の中流にある美しい渓谷だ。
下流の天神森から上流の仙娥滝までの約5kmは、山から落ちてきた様々な奇岩怪石が随所に見られ名前も付けられている。
ちょうど紅葉真っ盛り。2時間かけてノンビリ歩いてみた。
仙娥滝近くのロープウエイで5分の弥三郎岳からの景色もすばらしい。
続いて河口湖「紅葉回廊」を観た。紅葉祭りの最中で多くの人で賑わっていた。ここから見る冨士もすばらしい。冨士を見るのはストレス解消にいいものだ。


紅葉前線が南下しつつある。我が家の前でも木々の変化が見られるようになってきた。朝の光を受け美しく輝いている。
山の方では赤、黄、茶、緑が織り成すパステル画の様相でいっぱいだろう。
そして、しばらくすると落ち葉の時季に。
落ち葉の風景も風情があるが、その前に紅葉前線の真下を見て来よう。□

海岸や山から見る天は、実に広大だ。ながめていると、気持ちをゆったりとさせてくれるのがいい。
くだらないことで気持ちが滅入っている時に天を見ていると、次第に気分がスカッとしてくる。天然の精神安定剤だ。
忌まわしい伊豆と町田の事件があったが、ちょっとの間だけでも天を眺めていたら、もしかして防げた出来事だったかもしれない。
すでに晩秋だが、湘南の海はヨットとサーフィンで賑わっていた。□

1960年代くらいの学校の校舎みたいな建物を見た。今何に使われているかはわからなかったが、懐かしい感じがした。
そして同時に高校三年生、青春の城下町、君だけを、美しい十代、などの歌謡曲が頭の中を駆け巡った。
当時はいわゆる学園モノ歌謡曲が多かったこともあり、こういう景色にリンクして記憶の隅に残っているのだ。歌詞も素直で曲も単純だった。漢字で当時を表すとすれば「純」かもしれない。
そういえば、「純喫茶」という類の喫茶店も少なくなったものだ。□