●No.361 麻雀牌

骨董市で麻雀牌を見つけた。渋い色を放つ象牙でつくられたなかなかいいモノだ。
そういえば長く牌を手にしていない。もともとそれほど好きではないし、初めて手にしたのは社会人になってからだ。誘われれば仕方なくという感じなのであまり強くはない。かといって大負けをしたことはないし大勝利の記憶もない。
それでもこういうものを見ると、この牌で興じてみたいと思う。もちろん雀卓は自動ではないものだ。□

骨董市で麻雀牌を見つけた。渋い色を放つ象牙でつくられたなかなかいいモノだ。
そういえば長く牌を手にしていない。もともとそれほど好きではないし、初めて手にしたのは社会人になってからだ。誘われれば仕方なくという感じなのであまり強くはない。かといって大負けをしたことはないし大勝利の記憶もない。
それでもこういうものを見ると、この牌で興じてみたいと思う。もちろん雀卓は自動ではないものだ。□

台湾東岸から約33キロの沖合に浮かぶ緑島には、1992年まで政治・思想犯専用の監獄があり、反乱罪やスパイ罪で逮捕されたのは共産主義者や独立運動家ら。最多時で3000人以上が収容された。大半は冤罪だった。
陳水扁総統は昨年1月17日、当時の当局の責任を改めて明確にするため、政治迫害を受けた約500人に「名誉回復証書」を贈った。
屏東縣竹田村でお会いした鄭春河先生もその一人だった。嬉しそうに名誉回復証書を見せてくださった。
[2006/1追記]
戦後の日台交流に多大な功績のあった鄭春河先生が昨年12月22日にお亡くなりになり、今年1月8日には台南で葬儀が行われました。ここに謹んで鄭先生のご冥福をお祈りします。
『台湾人元志願兵と大東亜戦争―いとほしき日本へ』
鄭 春河 著(日本文化振興会執行委員)
四六上製 544頁
本体:1800円+税
展転社 電話:03-3815-0721
世の中ポイント制真っ盛りだ。買い物したらポイント、ポイント蓄めてまた買い物。顧客取り込み固定化戦略。中身は実質値引きだがその場の値引きはあとにつながらないことからこうした作戦になる。
航空会社のマイレージも囲い込み狙いだ。しかし、競合路線を多く使う場合はその都度安い会社を選べばマイレージ狙いよりトータルコストが安くなることが多い。
消費者に選択の幅を意識されないようにしていく、ほんのちょっと蓄まったポイントを無駄にがこの戦略だ。□

春になると道端や土手に顔を出すつくしは、杉菜(すぎな)の胞子茎(ほうしけい)と いうもので、「付子」とも書く。オシタシや油炒めで食べる。
「つくし」の名は、「澪標(みおつくし)」(船が港へ入る通路を示した杭)の「つくし」で、突き立った杭のように見えることから言われる。 また、漢字の「土筆」は、土に刺した筆のような姿、から。そういえば「つくし誰の子スギナの子」なんて言葉を思い出した。

東京駅赤煉瓦駅舎のほぼ真ん中当たりに位置するのが駅長室だ。見学はできないが、この部屋には、横山大観画伯の絵画「富士に雲」などの美術品が飾られているそうだ。この絵画は、横山画伯が東京駅を訪れ駅長室でお休みになった際、あまりの殺風景さに驚いて、それならばと書き下ろしてくださったもの。その他にも、東京駅の基礎を作る時に使われた松杭等が置かれているということだ。公開するときがあるかどうかわからないが見たいものである。
ちなみにホームの番号は駅長室のある方から順に1番線、2番線となっている。東京駅の1番線は、駅長室のある側となっている。
しかしこれは昔の話、今では全く関係なくなっているそうだ。
東京駅についてはpocoliさんのブログが詳しい。

東京駅(中央停車場)の設計は、辰野金吾によるものだ。辰野は留学時にイギリスで流行していた赤レンガに白い石を帯状に配する華やかな様式を採用した。
大正3年12月15日、駅舎は完成し東京駅と名づけられ、3日後の18日に行われた開業式典には青島を陥落させた神尾中将の凱旋祝賀式も行われて駅前は華やかな装飾で飾られ多くの見物人で賑わったそうだ。
愛子の店とか恵子の店というように「の」という平仮名が入る店名や商品が台湾で流行っている。
台南市の中心街わずか100mくらいを歩いただけで三枚の写真が撮れたくらいだ。
またコンビニでは「北海道」という冠が付いた商品をいくつか見かけたが北海道とは何の関係もない。
どうも日本語が看板に使われたりパッケージに書かれているだけで商品の価値が上がることがあるようだ。
開発途上国では車体に日本語が書かれているまま使われていることが多い。
これも車の価値を高めるそうだ。
やはり日本のモノ作り、製商品は相対的にも絶対的にも認められているということだろう。

今コスト競争というかけ声の下で製造現場が日本以外に移り生産の空洞化がどんどん進んでいる。
これまで技術力で成長してきた日本の製造業の行く末が心配だ。

今でもたまに行く学生時代からお気に入りのカレーライス屋が新宿西口地下広場の一角にある。発祥は多分井の頭線渋谷駅だと思うが自信はない。駅に隣接したビル階段の下の狭い空間を利用したような立ち食い店だった。溶けかかった玉葱と小さなサイコロ大の角煮様豚肉一個が具の全てだ。ただスパイスが効き辛味がいい。
今では京王線沿線に十数軒の店舗を展開している。中身は当時と同じ。違うのは紅生姜、福神漬、ラッキョウがカウンターに置いてあることと、缶詰、パックを買えること。昼時の行列は昔と変わらない。
ちょっとした青春の(辛い)思い出だ。□