2003年01月18日

●No.117 披露宴

030118.jpg帰国する日、桃園で結婚披露宴に参加した。
内容は日本とはまったく異なり、スピーチもなく、食事しながら歓談するテーブルを花嫁花婿と家族が一緒に回り乾杯をするだけである。

スピーチがやたら長い日本の披露宴には閉口するが、何のイベントもない台湾の披露宴はちょっと寂しいものである。でも二人が着飾ったグラビア雑誌のような写真をたくさん撮影し、カードにして参加者へ配るのはおもしろい。

             

2003年01月17日

●No.116 王昌明先生

030117.jpg先月12月1日逝去した台北県新店市の友人王昌明先生のお住まいを訪れた。
盆栽、お花で飾られた祭壇が作られていたのでお参りさせていただいた。

その後台北に戻り台湾の仲間たちと追悼食事会となった。

酒飲みで酔っ払ってシツコイ王昌明先生がいないのはやっぱり寂しい。

ご冥福をお祈りする。

             

2003年01月16日

●No.115 池上一郎文庫二周年記念

030116.jpg池上一郎文庫二周年として、読書会のメンバーが中心になった記念行事が1月16日に文庫で開かれた。
約70名の方々が台北や高雄、竹田、潮州周辺から参加、竹田郷長の挨拶、文庫名誉会長の挨拶の後に全員で「荒城の月」を合唱してイベントはスタートした。
続く台湾大学教授の健康講演会の後は、池上一郎博士と間接・直接に関わった方々の思い出のスピーチがあり、さらなる文庫発展を祈念して地元の音楽隊による客家に伝わる歌、日本語で唄う会員の歌が披露されるなかでのランチ、相互交流、そして解散となった。
 
周年行事はすべてが日本語によって進められた。
参加した日本人は私と高雄日本人学校に勤務するE先生ご夫妻。我々は参加者それぞれが熱く語る思い出の数々を聞く立場になり、まるで親や祖父母と話をしている錯覚になっ た。  
世代は代わりつつあり日本語蔵書中心の池上一郎博士文庫や読書会が今後どのように発展していくのか未知数である。

文庫を管理運営している方々は若い世代への橋渡しについていくつかのアイデアは持っているそうだ。しか し日本語世代の消えていく時の流れは確実であり文庫の意義をどのように承継させていくかは前途多難と思われる。
それでも文庫が新しい台湾とともに次世代のなかで発展・進化していくことを期待したい。  

日本に戻った18日の翌朝、池上夫人と電話でお話をした。 「表に出ることが苦手な池上は、きっとお墓のなかで赤面していることでし ょう」とおっしゃっていた。
池上一郎博士ご夫妻の意思を汲んだ台湾の方たちの文庫運営に敬意を表するとともに、このような日台交流がされていることを広く知って欲しいと思っ た。

主催者の劉さんから参加者の署名が記された日章旗をいただいた。

             

2003年01月05日

●No.114 新年

030105.jpg
2003年最初の画像は「ひな」。寒い小雪舞う時のひなである。
5歳半なった。我が家に住みついて5年二ヶ月、ついに我が家の主役の座を確保した。
おまけに人間様の言葉も結構理解できている。特に自分にとって都合が良いことは良くわかっている。
また時々気持ちをも理解している時がある。言葉も発せず行動もない時に意思が伝わってしまうことがある。
そんな我が家の三女はかわいいものだ。

2003年も可能な限り思いっきり楽しもう。